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平山祐介の若い頃は会社員→24歳でパリへ|『VIVANT』和田貢役の俳優の原点


日曜劇場『VIVANT』の別班・和田貢役や、映画『キングダム』シリーズの蒙武役などで存在感を放つ俳優の平山祐介さん。「若い頃はどんな人だったのだろう」と気になった方も多いのではないでしょうか。

結論から申し上げると、平山祐介さんは、大学卒業後に会社員を2年続けてからモデルを目指し、24歳で単身パリへ渡りました。1995年にパリ・コレクションでデビューしたと紹介されています。その後、およそ8年間、海外を拠点にモデルとして活動し、俳優へと活動の幅を広げてきました。

この記事では、若い頃の写真は転載せず、TBSラジオの内容を紹介したradiko newsの記事(2024年7月6日)など本人の発言にもとづく報道と、公開されているプロフィール情報をもとに、平山祐介さんの若い頃から現在までをたどります。Wikipediaにのみ記載がある情報は、その旨を明記しています。情報は2026年10月9日時点のものです。

結論|平山祐介の若い頃は「元会社員のパリコレモデル」

大学時代は年1〜2回のモデル仕事、事務所に「就職しなさい」と言われた

radiko newsの記事(2024年7月6日、TBSラジオ提供)によると、平山祐介さんは、大学生のときにもモデルの仕事を少ししていましたが、「1年に1回2回ぐらいの仕事しかなくて」と振り返っています。

大学4年のとき、モデルを続けるか就職するか迷っていたところ、事務所の人から「あなたは無理だから就職しなさい」と言われたそうです。親の反対もあり、平山さんは就職を選びました。

Wikipediaには、日本大学生産工学部を卒業し、コンピューター関連の会社に就職したと記載されています。

会社員2年を経て「後悔するのが嫌だ」と転身

同じ記事によると、一度は就職したものの、「やっぱりモデルをやってみたい」と考え、2年間会社員を続けながら迷った末に、モデルになることを決意しました。「サラリーマンの仕事も楽しかったんです」「先輩とかも楽しかったので、ちょっと迷いました」と話しつつ、「いつか『あの時モデルやってればな~』みたいに後悔するのが嫌だなと思った」ことが決め手になったと語っています。

VERYのインタビュー(2023年10月13日)のプロフィールでも、「大学卒業後、企業勤めを経てモデルの道へ」と紹介されています。

24歳で単身パリへ|海外モデル時代の8年間

きっかけはジャン=ポール・ゴルチエ氏の「君はパリに行かないのか?」

radiko newsによると、会社を辞めてモデル事務所に戻った平山さんの初めてのファッションショーは、国内の洋服メーカーの新人デザイナーコンテストのようなもので、毎年、審査員としてジャン=ポール・ゴルチエ氏が来ていたそうです。ショーのあとのパーティーで、ゴルチエ氏から「君はパリに行かないのか?」と声をかけられ、パリで一番のモデル事務所を紹介されたといいます。

数か月後、平山さんは一人でパリへ行き、その事務所に所属できることになりました。当時、その事務所には、アジア人が一度も所属したことがなかったそうです。その後、ゴルチエ氏のオーディションは結果につながらなかったものの、ほかのオーディションで仕事が決まり、モデル業が始まったと話しています。

VERYのプロフィールでは、「1995年パリコレデビュー」と紹介されています。

ミラノ・パリ・NY・東京・ロンドンを回り、1日10件のオーディション

radiko newsによると、平山さんは、24歳でパリへ渡ってから8年間、ミラノ、パリ、ニューヨーク、東京、ロンドンを回りながら、海外を拠点にモデル活動を続けていました。

移動費、滞在費、食費などはすべて自腹で、オーディションに受かって初めてお金がもらえるため、「ほとんど90%くらいのモデルが赤字なのではないか」と話しています。オーディションは「1日10件くらい」回っていたそうで、スマートフォンもない時代に、地図に印をつけて回る順番を考えていた、と振り返っています。

アルマーニ、プラダなどのコレクション(Wikipedia記載)

Wikipediaには、パリ・コレクションのデビュー後、ジョルジオ・アルマーニ、プラダ、ロメオ・ジリといったブランドの海外コレクションを経験したと記載されています。どのシーズンに出演したかといった詳細は、今回確認できた本人のインタビューでは語られていないため、Wikipediaの記載として紹介します。

モデルから俳優へ

2001年フランス映画『SAMOURAIS』で俳優デビュー、2003年に日本へ(Wikipedia記載)

Wikipediaによると、平山さんは、フランス映画『SAMOURAIS』で俳優デビューし、日本でのデビューはインターネットドラマ『TRUNK』でした。2003年から、活動の拠点を日本に移したとされています。24歳での渡仏から数えると、およそ8年後にあたり、radiko newsの「8年間」という話とも時期が重なります。日本に拠点を移した理由について、本人が詳しく語った内容は、今回確認できていません。

主な出演作

Wikipediaに掲載されている主な出演作は、次のとおりです。

  • ドラマ:『Dr.コトー診療所』(2003年)、『海猿』、連続テレビ小説『おかえりモネ』(2021年)、『虎に翼』(2024年)、『ブラックファミリア〜新堂家の復讐〜』(2023年)、日曜劇場『VIVANT』(2023年、2026年)
  • 映画:『秘密 THE TOP SECRET』(2016年)、『ミッドナイトスワン』(2020年)、『キングダム2 遥かなる大地へ』(2022年、蒙武役)、『キングダム 運命の炎』(2023年)、『映画 イチケイのカラス』(2023年)、『キングダム 大将軍の帰還』(2024年)、『キングダム 魂の決戦』(2026年)

クランクインによると、身長は185cmです。Wikipediaには、趣味・特技として、空手やキックボクシング、英語、乗馬などが挙げられています。

現在の平山祐介|『VIVANT』和田貢役と2026年の出演作

現在の平山さんを語るうえで欠かせないのが、TBS系日曜劇場『VIVANT』です。Wikipediaによると、2023年の第1シーズンの第6話から最終話まで、自衛隊の秘密組織「別班」の一員・和田貢を演じ、2026年7月26日に始まった第2シーズンにも出演しています。VERYのインタビューでは、『VIVANT』のロケでモンゴルにいたときの話にも触れています。

第2シーズンでは、和田は、中国の組織「シンシー」に拘束されている別班員5人の1人です。2026年10月4日放送の第19話では、和田が関わる拷問の場面が描かれ、冒頭に注意喚起のテロップが表示されました(詳しくは、VIVANT19話の冒頭に異例の注意テロップで整理しています)。和田の生死について、番組公式からの説明は確認できていません。同じく囚われている別班員・廣瀬瑞稀を演じる珠城りょうさんについては、珠城りょうさんの結婚は?で紹介しています。

和田に拷問を行う工作員・周浩然を演じたリンリンさんについては、リンリンさんの国籍は?で紹介しています。

クランクイン(2026年10月7日)によると、平山さんは、放送後にInstagramを更新し、ファンから安堵の声が寄せられたと伝えられています。

モデルとしての活動も続いています。ファッション誌『OCEANS』では「街男ユースケ」としておなじみで、OCEANSの記事(2021年3月25日)では、雑誌に12年ほど関わってきたことに触れ、「もう既に自分の一部と言っても過言ではない雑誌ですよ」と話しています。VERYの記事では、VERYやNaVYでも、メンズモデルとして活躍していると紹介されています。

2026年の出演作としては、クランクインに、映画『キングダム 魂の決戦』と『ブルーロック』が掲載されています。また、テレビ東京系のドラマ『晩酌の流儀5 ~秋冬編~』(2026年10月2日スタート)の序盤のゲストとしても、名前が発表されています。これらの作品での役柄は、この記事では確認できていません。

プロフィール

  • 名前:平山祐介(ひらやま ゆうすけ)
  • 生まれ:1970年(VERY)。Wikipediaには、1970年11月15日生まれと記載されています。
  • 出身:埼玉県(VERY)
  • 身長:185cm(クランクイン)
  • 所属事務所:アパッチ(クランクイン)
  • 活動期間:1995年から(クランクイン)

Wikipediaの生年月日から計算すると、2026年10月時点の年齢は55歳です。プロフィールは変更されることがあるため、最新の情報は所属事務所の公式サイトなどで確認してください。

まとめ

  • 平山祐介さんは、大学時代にモデルの仕事を少し経験したものの、事務所や親の意見もあって一度は就職し、会社員として2年働きました。
  • 「後悔するのが嫌だなと思った」という思いからモデルの道を選び、ジャン=ポール・ゴルチエ氏の「君はパリに行かないのか?」という言葉をきっかけに、24歳で単身パリへ渡りました。1995年にパリコレデビューと紹介されています。
  • その後の8年間は、ミラノ、パリ、ニューヨーク、東京、ロンドンを回り、費用を自腹で負担しながら、1日10件ほどのオーディションを回る日々だったと本人は語っています。
  • 2003年に日本へ拠点を移してからは(Wikipedia)、『キングダム』シリーズや『VIVANT』などで、俳優として存在感を高め、現在もモデルとして活躍を続けています。

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参考・出典