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西小野皓大(にしおの・こうだい)って誰?アジア大会200m背泳ぎで金、23歳の経歴と逆転した決勝の中身


愛知・名古屋アジア大会の競泳最終日、男子200メートル背泳ぎで西小野皓大選手が金メダルを獲得しました。ニュースで名前を見て、「なんて読むの?」「どんな選手?」と気になった方も多いのではないでしょうか。名前は「にしおの・こうだい」と読みます。

西小野選手は鹿児島県出身の23歳で、今年3月に中京大学を卒業し、4月に愛知県の企業に入社したばかりのアスリート社員です。この記事では、決勝のレースで何が起きたのか、西小野選手が得意とする「バサロ(水中キック)」とはどんな泳ぎなのかを解説します。あわせて、西小野選手のプロフィールや経歴、100メートルで4位に終わった悔しさからどう200メートルの金につなげたのか、2028年ロサンゼルス五輪に向けた課題も整理しました。

決勝で何が起きた?150mまで3位からの逆転劇

1分56秒42で金、初めての国際大会優勝

西小野皓大選手(新東工業)は2026年9月25日、東京アクアティクスセンターで行われたアジア大会競泳の男子200メートル背泳ぎ決勝で、1分56秒42をマークして金メダルを獲得しました。今大会の競泳は、愛知・名古屋アジア大会の競技の一つとして、東京のアクアティクスセンターで行われています。中京大学によると、西小野選手は同じ日の予選を全体5位で通過していました。

MBC南日本放送によると、西小野選手にとって初めての国際大会優勝となりました。これまでの国際大会の成績は、2023年のワールドユニバーシティゲームズの200メートル背泳ぎで2位、2025年の世界選手権(シンガポール)で準決勝に進んで11位でした。同じ種目に出場した、2024年パリ五輪代表の竹原秀一選手(東洋大学)は1分57秒08で5位でした(西日本スポーツ)。

西日本スポーツは、この金メダルで日本チームが今大会の競泳の全日程で金メダルを獲得したと伝えています。日本の競泳陣は今大会で合計37個のメダルを獲得しており、その全体像は「競泳ニッポン、アジア大会でメダル37個!大橋信の世界新から西小野皓大の逆転金まで「復活」と言われる理由」でまとめています。大会の最終日に、日本の競泳陣の締めくくりとなる金メダルでした。

トップは中国・徐嘉余。最後の50mで何が変わったか

200メートル背泳ぎは、50メートルずつ4つの区間に分けて見ると、レースの流れが分かりやすくなります。中京大学によると、西小野選手は150メートル地点までは3位につけ、最後の50メートルで抜け出して逆転しました。MBC南日本放送は、150メートルのターンまで3位だった西小野選手が、得意のバサロでトップの中国・徐嘉余(じょ・かよ)選手を追い上げ、最後に逆転したと伝えています。

徐嘉余選手は、2017年の世界選手権で100メートル背泳ぎを制した実績を持つ、中国の背泳ぎの第一人者です。中国新聞社によると、今大会でも9月20日の100メートル背泳ぎで、自身の持つ大会記録を更新する51秒98で優勝しており、TBS NEWS DIGによると、200メートル背泳ぎの決勝の時点で今大会4冠でした。その徐選手を、西小野選手が最後の50メートルでかわしたことになります。

決勝の上位は、次のとおりです(Wikipedia英語版の結果表、韓国・ニュース1、西スポWEB OTTO!)。

順位 選手 タイム
1位 西小野皓大(日本) 1分56秒42
2位 李周浩(イ・ジュホ、韓国) 1分56秒58
3位 徐嘉余(中国) 1分56秒73
5位 竹原秀一(日本) 1分57秒08

1位から3位までは、わずか0秒31差でした。150メートルまで先頭だった徐選手は3位に終わり、最後の50メートルで西小野選手と李選手がかわしたことになります。

「バサロ」ってどんな泳ぎ方?ターン後の水中キックをやさしく解説

背泳ぎのレースでよく聞く「バサロ」とは、スタートやターンのあと、水中にもぐったままドルフィンキック(両足をそろえて上下に動かすキック)で進む泳法のことです。1988年のソウル五輪で、鈴木大地選手がこの泳法を武器に100メートル背泳ぎで金メダルを獲得したことで、日本でも広く知られるようになりました。

水中では、水面で泳ぐときにできる波の抵抗を受けにくいため、うまく使えば水面を泳ぐよりも速く進めます。そのため、かつてはスタート後の多くの距離を水中で進む選手もいました。現在のルールでは、スタートと各ターンのあと、壁から15メートルまでに頭を水面に出さなければならないと決められています。

200メートルの背泳ぎでは、スタートと3回のターンがあり、そのたびに水中キックで進む区間があります。レースの後半、疲れが出てくると、ターン後の水中キックで差がつきやすくなります。MBC南日本放送が伝えたように、西小野選手はこのバサロを得意としています。最後の50メートルに入る3回目のターンのあとで、その持ち味を生かして追い上げたといえます。

西小野皓大ってどんな選手?

名前の読み方と、鹿児島県出身の23歳というプロフィール

西小野皓大(にしおの・こうだい)選手は、2003年4月7日生まれの23歳で、鹿児島県の出身です(JOC、NAGOS)。専門は背泳ぎで、特に200メートルを得意としています。

名古屋市のスポーツ情報サイト「NAGOS(ナゴス)」によると、西小野選手は5歳のときに水泳を始めました。小学3年生で全国大会に初出場し、6年生で全国大会初優勝を経験しています。MBC南日本放送によると、小学5年生のときに200メートル背泳ぎで、当時の記録を6秒近く縮める鹿児島県の学童新記録を樹立し、その記録は2025年の時点でも破られていませんでした。

同じくMBC南日本放送によると、当時のコーチは西小野選手の強さの理由を「水泳オタク」と表現しています。時間があれば水泳の情報をチェックし、ライバルのタイムや泳ぎ方を研究して、工夫を重ねてきたといいます。同じく鹿児島出身で、2008年の北京五輪400メートルメドレーリレーで銅メダルを獲得した背泳ぎの先輩、宮下純一さんから大会で会うたびに声をかけられていたことも、力になったと話しています。

鹿児島情報高校 → 中京大学 → 新東工業、という歩み

西小野選手は、鹿児島情報高校を卒業後、2022年に中京大学スポーツ科学部に進学し、拠点を愛知県に移しました。母校の鹿児島情報高校や、同じく同校出身で水球女子の銀メダルに貢献した有馬優美選手については「アジア大会で鹿児島出身の選手が活躍|西小野皓大の金、有馬優美の銀、野球・ハンドボールの県出身選手」で紹介しています。大学1年生だった2022年には、日本学生選手権(インカレ)の200メートル背泳ぎで優勝しています。2023年にはワールドユニバーシティゲームズの200メートル背泳ぎで2位に入りました。

大学4年生だった2025年には、日本選手権の200メートル背泳ぎで2位に入り、初めて世界選手権の日本代表に選ばれました。7月のシンガポール世界選手権では200メートル背泳ぎで準決勝に進み、自己ベストを更新して11位となっています(NAGOS)。

2026年3月に中京大学を卒業し、4月1日付で新東工業にアスリート社員として入社しました。新東工業によると、3月の日本選手権では2位で、派遣標準記録の突破には至りませんでしたが、世界選手権などの成績が評価されて日本代表に選ばれ、8月のパンパシフィック選手権と9月のアジア大会への出場が決まりました。入社にあたって西小野選手は、「応援を力に変えて、パンパシフィック選手権、愛知・名古屋アジア大会に全力で臨みます。日々精進し、2028年のロサンゼルスオリンピックで活躍できるように頑張ります」とコメントしています。

所属の新東工業ってどんな会社?(愛知の企業)

新東工業は、愛知県名古屋市に本社を置く機械メーカーです。鋳物を作るための設備や、金属の表面を加工する装置などを手がけています。JOCによると、西小野選手の所属は同社の豊川製作所(愛知県豊川市)です。

新東工業は、スポーツ選手の支援にも力を入れています。同社の発表によると、西小野選手のほかにも、競泳やスポーツクライミング、カーリングの選手を採用し、競技活動をサポートしています。地元の愛知で開かれたアジア大会で、所属選手が金メダルを獲得したことになります。

100mは4位、それでも200mで勝てた理由

「タイムは決して良いとは言えない」発言の本当の意味

西小野選手は、9月20日に行われた100メートル背泳ぎでは、54秒03で4位でした。優勝は徐嘉余選手(51秒98)、2位は日本の竹原秀一選手(53秒93)です(JOC、中国新聞社)。中京大学によると、この54秒03は自己ベストの更新でしたが、あと一歩で表彰台には届きませんでした。

200メートルで優勝したあと、西小野選手は「絶対勝ちたいと思っていたので、優勝できてうれしい」と話しました(MBC南日本放送)。100メートルでの悔しさを、200メートルで晴らした形です。中京大学も、この金メダルを「100m4位のリベンジ果たす」と伝えています。

一方で、西小野選手は優勝タイムについて「タイムは決して良いとは言えないが、勝つレースはできた」とも話しています(MBC南日本放送)。西日本スポーツによると、さらに「正直、このタイムではアメリカだったりヨーロッパの選手と戦っても戦えないですし、来年以降、日本選手権を突破する上でも、このタイムでは到底戦えない」「この順位は満足していいと思うんですけど、記録であったりで、まだまだ足りないところが多い」と語り、「2年後に向けて一切慢心せず頑張っていきたい」と、2028年のロス五輪を見据えました。順位には満足しながらも、記録では世界との差を冷静に受け止めている様子がうかがえます。

記録よりも「勝つレース」を選んだ戦い方

国際大会の決勝では、記録を狙うことよりも、順位を取りにいくレース運びが大切になることがあります。特に200メートルのような距離では、前半から飛ばしすぎると後半に失速するおそれがあり、周りの選手の位置を見ながら、どこで勝負をかけるかの判断が結果を大きく左右します。

西小野選手は、150メートルまで3位につけ、最後の50メートルで逆転しました。前半は無理に先頭を追わず、得意の後半で勝負をかけた可能性があります。本人の「勝つレースはできた」という言葉は、タイムよりも「勝つこと」を優先したレース運びができたという手応えを表していると考えられます。

次の目標は?世界との差とロス五輪への道

今回のタイムは世界でどのくらいの位置?

優勝タイムの1分56秒42を、世界の記録と比べてみます。

  • 世界記録:1分51秒92(アーロン・ピアソル、アメリカ、2009年)
  • 日本記録:1分52秒51(入江陵介、2009年)
  • パリ五輪の優勝タイム:1分54秒26(フベルト・コス、ハンガリー、2024年)
  • 今回の西小野選手の優勝タイム:1分56秒42

世界記録とは約4秒5、パリ五輪の優勝タイムとは約2秒の差があります。西小野選手自身も、このタイムでは欧米の選手と戦えないと話しており、ロス五輪に向けては記録の向上が課題になります。

日本の男子背泳ぎの代表争い

日本の男子背泳ぎは、長年にわたって入江陵介選手が第一人者として活躍してきました。その後の世代では、若い選手たちが代表の座を争っています。

今大会では、2024年パリ五輪代表で東洋大学の竹原秀一選手が、100メートル背泳ぎで銀メダルを獲得し、200メートル背泳ぎでは5位でした。西小野選手は2025年と2026年3月の日本選手権の200メートル背泳ぎでいずれも2位で、国内でも激しい争いが続いています。

2028年のロサンゼルス五輪の代表選考の方法は、今後日本水泳連盟が発表します。これまでの五輪では、選考会となる日本選手権で、決められた派遣標準記録を突破したうえで上位に入ることが代表入りの条件とされてきました。西小野選手がロス五輪の代表をつかむには、国内の争いに勝つことに加え、世界と戦える記録を出すことが必要になります。

まとめ

西小野皓大選手について、この記事のポイントを整理します。

  • 名前の読み方は「にしおの・こうだい」。2003年4月7日生まれ、鹿児島県出身の23歳
  • 鹿児島情報高校、中京大学を経て、2026年4月に新東工業にアスリート社員として入社
  • アジア大会の男子200メートル背泳ぎで、150メートルまで3位から逆転し、1分56秒42で初の国際大会優勝。100メートルで4位に終わった悔しさを晴らした
  • 本人も「このタイムでは到底戦えない」と話すように、世界記録やパリ五輪の優勝タイムとは差があり、ロス五輪に向けて記録の向上が課題

小学生のころから記録を打ち立て、「水泳オタク」と言われるほど研究熱心に泳ぎを磨いてきた西小野選手が、社会人1年目でアジアの頂点に立ちました。目標に掲げる2028年ロサンゼルス五輪に向けて、国内の代表争いと世界との差を埋める挑戦が続きます。今後のレースにも注目していきましょう。

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参考・出典