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アジア大会

矢田みくにってどんな選手? 熊本出身、初マラソン日本最高2時間19分57秒の「二刀流」ランナーが転倒を乗り越えて銅メダル


2026年9月26日、愛知・名古屋アジア大会の女子マラソンで、矢田みくに選手(エディオン)が2時間27分56秒で銅メダルを獲得しました。22キロ付近で前を走る選手の転倒に巻き込まれながら、すぐに立ち上がって先頭集団に戻り、27キロ過ぎには再び先頭に立つ走りを見せました。テレビで見て「この選手は誰?」「転んだのにメダルってすごい」と気になった方も多いのではないでしょうか。

矢田選手は、2026年1月の大阪国際女子マラソンで、初マラソンの日本最高記録となる2時間19分57秒を出した選手です。一方で、2025年の東京世界陸上には1万メートルで出場しており、トラックとマラソンの「二刀流」で走ってきました。この記事では、矢田みくに選手のプロフィール、高校時代からのトラックでの実績、大阪国際女子での快走、故郷・熊本への思い、そして2028年ロサンゼルス五輪に向けた今後までを解説します。

矢田みくにのプロフィール

読み方は「やだ・みくに」。1999年生まれ、熊本県出身の26歳

矢田みくに選手の名前は「やだ・みくに」と読みます。生年月日は1999年10月29日で、2026年のアジア大会の時点では26歳です(日本陸上競技連盟)。

出身は熊本県熊本市です(Wikipedia)。日本陸上競技連盟(日本陸連)のプロフィールによると、熊本市の力合中学校から、熊本のルーテル学院高校に進みました。現在は、大阪に本社を置く家電量販店のエディオンの陸上部に所属しています。

矢田選手の主な自己ベストは次のとおりです(1万メートルとマラソンは日本陸連、室内5000メートルはWikipediaによる)。

  • 1万メートル:31分12秒21(2025年5月、アジア選手権)
  • マラソン:2時間19分57秒(2026年1月、大阪国際女子マラソン、初マラソン日本最高)
  • 室内5000メートル:15分23秒87(2022年、当時の室内アジア新記録)

エディオン所属。ルーテル学院高からデンソー、2022年に移籍

ルーテル学院高校を卒業した矢田選手は、2018年に実業団のデンソーに入社し、女子陸上部のデンソーフリートセローズに所属しました(Wikipedia)。

デンソーでは、入社した2018年にアジアジュニア選手権の5000メートルで優勝するなど、若くして国際大会でも結果を残しました。その後、Wikipediaによると2022年5月31日付でデンソーを退社し、同年9月1日付でエディオンへ移籍しています(THE ANSWERも「2022年9月に移籍」と伝えています)。

エディオンに移ってからは、1万メートルで日本代表の座をつかみ、さらにマラソンにも挑戦するなど、競技の幅を大きく広げました。アジア大会の銅メダルは、エディオンでの4年間の成長の成果ともいえます。

トラックでの実績:U20代表から東京世界陸上へ

矢田選手がまず頭角を現したのは、トラック種目でした。Wikipediaによると、ルーテル学院高校時代には熊本県高校総体の3000メートルで3連覇を果たし、2016年の高校総体南九州大会の3000メートルでは大会新記録と県新記録を出しています。高校2年のときには、U20世界選手権の日本代表に選ばれました。

2018年アジアジュニア選手権5000メートルで優勝

デンソーに入社した2018年、矢田選手はアジアジュニア選手権の5000メートルで、16分31秒65で優勝しました(Wikipediaによる)。20歳未満の選手が出場するアジアの大会で頂点に立ち、日本の長距離界の期待の若手として注目されました。

その後、2022年にはアメリカのボストン大学で開かれた室内競技会の5000メートルで15分23秒87を記録し、室内のアジア新記録を樹立しています(Wikipediaによる)。スピードのある選手として、トラックで着実に力をつけていきました。

2025年、日本選手権1万メートル2位、アジア選手権3位(31分12秒21)、東京世界陸上は20位

矢田選手が日本のトップクラスに躍り出たのが、2025年です。TBS NEWS DIGによると、日本選手権の1万メートルで2位に入り、同じ年のアジア選手権では、自己ベストとなる31分12秒21で3位に入りました。これらの結果が評価され、矢田選手は2025年9月に東京で開かれた世界陸上の1万メートルの代表に初めて選ばれました。

地元・日本開催の世界陸上では、1万メートルで20位でした。日刊スポーツは「力を出し切れなかった」と伝えています。それでも、世界の舞台を経験したことは、その後のマラソン挑戦にもつながりました。世界陸上の約4カ月後、矢田選手は初めてのマラソンに挑むことになります。

1月の大阪国際女子で「初マラソン日本最高」

2026年1月25日の第45回大阪国際女子マラソンが、矢田選手にとって初めてのマラソンでした。この大会で矢田選手は2時間19分57秒を記録し、初マラソンの日本最高記録を樹立しました(月刊陸上競技)。時事通信によると、この記録は日本歴代6位にあたります。2時間20分を切る、日本トップレベルの記録でした。

2時間19分57秒でも4位(日本人1位)だった理由(大会の順位と記録)

初マラソン日本最高の記録を出しながら、矢田選手の順位は4位でした。その理由は、上位4人が大接戦だったためです。月刊陸上競技の大会結果によると、上位の順位は次のとおりでした。

順位 選手 国・所属 記録
1位 S.チェサン ウガンダ 2時間19分31秒
2位 B.ヒルパ エチオピア 2時間19分54秒
3位 W.エデサ エチオピア 2時間19分56秒
4位 矢田みくに エディオン 2時間19分57秒
5位 上杉真穂 東京メトロ 2時間23分07秒

優勝したウガンダの選手との差は26秒、3位のエチオピアの選手との差はわずか1秒でした。海外の招待選手と最後まで競り合った結果の4位で、日本人ではトップでした。5位の日本人選手とは3分以上の差があり、矢田選手の走りが際立っていたことが分かります。

その後、矢田選手はアジア大会の女子マラソン代表に選ばれ、わずか2回目のマラソンで国際大会に挑むことになりました。

故郷・熊本への思い

2026年の熊本地震と「走りで地元に元気を届けたい」

2026年7月28日の午後4時27分ごろ、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生しました。気象庁はこの地震を「令和8年熊本地震」と命名しています。ウェザーニュースによると、宇城市と氷川町で最大震度7を観測し、熊本市でも震度6強を観測しました。熊本市南部から八代平野を中心に、建物の倒壊などの被害が出ています。震度7が観測されたのは、熊本県内では2016年の熊本地震以来10年ぶりでした。

熊本県出身の矢田選手にとって、故郷が大きな地震の被害を受けたことは、アジア大会に向けた思いにも影響を与えました。スポニチアネックスによると、矢田選手は「走りで地元に元気を届けたい」と話していました。地元の熊本県民テレビ(KKT)も、アジア大会の直前に、熊本県出身の選手として矢田選手の意気込みを伝えています。

アジア大会では、22キロ付近で転倒するアクシデントに見舞われながらも、すぐに立ち上がってレースに戻り、銅メダルを獲得しました。スポニチアネックスは「転倒を乗り越えてのメダル獲得で、故郷に勇気を届けた」と伝えています。ゴール後には日の丸を背に、笑顔を見せました。

アジア大会で銅メダル、次はロス五輪へ

アジア大会の女子マラソンは、小雨の中、18人の選手が出場して行われました(スポニチアネックス)。序盤は5キロを18分台で通過するスローペースで、THE DIGESTによると、7キロ付近で中国の次仁措姆選手がペースを上げ、バーレーンや北朝鮮の選手、日本の2人がついていきました。スローペースが続くなか、矢田選手は17キロ手前で集団から飛び出し、先頭集団は8人に絞られました(THE DIGEST、スポニチアネックス)。22キロ過ぎには、前を走っていたバーレーンの選手の転倒に巻き込まれて矢田選手も転倒しましたが、すぐに起き上がって集団に戻りました。27キロ過ぎには再び先頭に立ってペースを上げ、集団をばらけさせました。35キロ過ぎの給水地点で帽子を投げ捨て、優勝争いはバーレーンのハブテ選手、中国の次仁措姆選手との3人に絞られました(スポニチアネックス)。しかし、37キロ過ぎにハブテ選手が抜け出すとついていけず、3番手に下がりましたが、粘って2時間27分56秒の3位でゴールしました。転倒の場面やレース展開の詳しい分析は「アジア大会女子マラソン、矢田みくにの転倒はなぜ起きた? 22キロの接触から先頭に戻るまでと、銅メダルのレース展開」でまとめています。

優勝はバーレーンのS.ハブテ選手(2時間27分31秒)、2位は中国の次仁措姆選手(2時間27分43秒)で、もう一人の日本代表、佐藤早也伽選手(積水化学)は2時間28分14秒の4位でした(スポニチアネックス)。月刊陸上競技によると、日本の女子マラソンのメダルは、2018年ジャカルタ大会で銀メダルを獲得した野上恵子選手以来2大会ぶりで、日本選手として13人目です。日本陸連の資料によると、女子の金メダルは1986年の浅井えり子選手と1998年の高橋尚子選手の2回で、高橋選手以来の金はなりませんでした(歴代のメダルは「アジア大会女子マラソン、日本の金は高橋尚子以来28年なし? 浅井えり子・高橋尚子から矢田みくにまで、歴代メダルと佐藤早也伽の「悔しい4位」」で紹介しています)。男子では山下一貴選手(三菱重工)が金メダルを獲得しており(「山下一貴(イチタカ)ってどんな選手? 長崎出身・駒大箱根2区3年連続、「イチタカスマイル」の理由とアジア大会金までの道のり」)、日本は男女そろってメダルを手にしました。

「オリンピックの第一歩」、ロス五輪に向けて

レース後、矢田選手は「金メダルを目指していたので、ちょっと悔しさと、準備不足がレースに出てしまったかなと思います」と振り返りました(スポニチアネックス)。一方で、「積極的に自分らしく後先考えずに走れたので、展開的には悔いのないレースができたかなと思います」とも話しています。

レース中に何度も自分から前に出た理由については、「私はラストスパートに自信がなかったので、(ペースを)上げるならちゅうちょせずに上げようと思って上げました」と説明しました。そして、「オリンピックの第一歩と思って挑めました」と、2028年ロサンゼルス五輪を見据えた言葉で締めくくっています。

ロサンゼルス五輪の代表選考会となる次回のMGCの開催時期や、出場権の条件、選考方法の詳細については、日本陸連の発表を確認する必要があります。デイリースポーツは矢田選手を「28年ロサンゼルス五輪の有望株」と表現しています。トラックで培ったスピードと、2回のマラソンで見せた積極的な走りが、この先どこまで伸びていくのかが注目されます。

まとめ

矢田みくに選手について、この記事のポイントを整理します。

  • 読み方は「やだ・みくに」。1999年10月29日生まれ、熊本県出身の26歳。ルーテル学院高校からデンソーに入り、2022年9月にエディオンへ移籍した
  • 高校2年でU20世界選手権の代表に選ばれ、2018年にはアジアジュニア選手権の5000メートルで優勝。2025年には1万メートルで日本選手権2位、アジア選手権3位に入り、東京世界陸上に出場した(20位)
  • 2026年1月の大阪国際女子マラソンで、初マラソン日本最高(日本歴代6位)の2時間19分57秒を記録。3位とは1秒差の4位(日本人1位)だった
  • 7月の令和8年熊本地震で故郷が被害を受ける中、「走りで地元に元気を届けたい」と話し、アジア大会では転倒を乗り越えて銅メダルを獲得した
  • 17キロ手前で仕掛け、22キロ過ぎの転倒から立て直して27キロ過ぎに再び先頭へ。レース後は「オリンピックの第一歩」と語り、次の目標は2028年ロサンゼルス五輪

トラックでの実績を土台に、わずか2回目のマラソンで国際大会のメダルを手にした矢田選手。転んでもすぐに立ち上がり、自分から前に出続けた走りには、これからの可能性が詰まっていました。故郷・熊本への思いを胸に走る矢田選手の、次の挑戦に注目です。

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参考・出典