愛知・名古屋アジア大会の陸上女子やり投げで、2024年パリ五輪金メダリストの北口榛花選手(JAL)は62m70で銀メダルでした。優勝は、中国の18歳・厳子怡(ゲン・シイ)選手で、大会新記録の70m46。試合後、北口選手は顔を覆って涙を流しました。
北口選手は、わずか2週間前の世界陸上アルティメット選手権で、68m92の日本新記録を出して優勝したばかりでした。「どうして今回は記録が伸びなかったの?」「何が違ったの?」と気になった方も多いのではないでしょうか。この記事では、女子やり投げ決勝の結果と北口選手の6投の流れを振り返り、記録が伸びなかった理由を本人の言葉から整理します。2週間前の日本記録との違いや、試合後に語った思いも紹介します。
北口榛花は62m70で銀メダル、厳子怡が70m46で優勝
女子やり投げ決勝の結果
女子やり投げの決勝は、2026年9月27日、名古屋市のパロマ瑞穂スタジアムで、陸上競技5日目のイブニングセッションとして行われました。月刊陸上競技によると、上位3人の結果は次のとおりです。
- 金メダル:厳子怡(中国)70m46(大会新記録)
- 銀メダル:北口榛花(日本・JAL)62m70
- 銅メダル:武本紗栄(日本・オリコ)62m15
日本勢は北口選手と武本選手の2人が表彰台に上がりました。月刊陸上競技によると、武本選手は最終投てきの前には6位でしたが、最後の6投目で今季ベストの62m15を投げ、逆転で銅メダルをつかんでいます。北口選手との差は55cmでした。
北口選手は試合後、「武本(紗栄)選手と2人でメダルを取れたのはすごく大きなこと。日本はやり投強豪国と言っていい」と話しています(月刊陸上競技による)。翌28日の陸上の結果は「アジア大会の陸上がメダルラッシュ|三浦龍司が28年ぶりの金、飯澤千翔は40年ぶり、17歳の後藤大樹が銀 9月28日の結果まとめ」でまとめています。
1投目から70m46。厳子怡は2投目以降をパスした
試合の流れを大きく決めたのは、厳子怡選手の1投目でした。西スポWEB OTTO!によると、厳選手は1投目でいきなり70m46を投げました。これは北口選手の日本記録(68m92)を1m以上も上回る記録で、北口選手は最初から大きな重圧を受ける展開になりました。
月刊陸上競技によると、この70m46は大会新記録で、女子やり投げのパフォーマンス世界歴代10位(これまでに投げられたすべての記録の中で10番目)にあたります。厳選手は、今年5月に投げた自己ベストの71m74がアジア記録で、スポニチアネックスや東スポWEBによると世界歴代2位の記録を持つ18歳の選手です。厳選手のプロフィールや、北口選手との対戦成績は「厳子怡とは?北口榛花に勝った中国の18歳|アジア記録71m74、世界歴代2位のやり投げ選手のプロフィール」で詳しくまとめています。
厳選手は、2投目以降の試技をパス(キャンセル)しました(西スポWEB OTTO!による)。サンケイスポーツは、勝利を確信した厳選手が2投目以降をパスしたと伝えています。そのため、この日の試合は、北口選手が厳選手の70m46を追いかける形のまま最後まで進みました。
北口の6投を振り返る
1・2投目は50m台、3投目はファウル
北口選手は、序盤から思うように記録を伸ばせませんでした。TBS NEWS DIGによると、1投目は56m48、2投目は57m16で、この時点で3位でした。3投目はファウルで、記録を伸ばせませんでした。やり投げの決勝では通常、3投目までの記録で上位8人に入った選手だけが、4投目から6投目の後半の3投を投げることができます。北口選手は前半の記録で後半に進みましたが、3投目までは本来の投げからほど遠い内容でした。
スポニチアネックスは、北口選手の序盤を「低調」と表現しています。月刊陸上競技によると、北口選手自身も「3回目まではなかなか思うように飛距離が出ない」状態だったと振り返っています。
4投目で61m89、最終6投目に手拍子を求めて62m70
後半に入ると、北口選手は少しずつ記録を伸ばしました。TBS NEWS DIGやサンケイスポーツによると、4投目でようやく60mを超える61m89を投げ、2位に浮上しました。投げた瞬間には雄たけびを上げましたが、納得がいかない様子で右のこぶしで自分の額を軽くたたく場面もありました(サンケイスポーツによる)。5投目は61m54で、記録を伸ばせませんでした(TBS NEWS DIGによる)。
そして最後の6投目。北口選手は観客に手拍子を求めてから助走に入り、この日いちばんの62m70を投げました。月刊陸上競技は、この最後の一投を「女王の意地」と表現しています。観客を沸かせる一投でしたが、厳選手の70m46には、7m76届きませんでした。
最後の一投を終えると、北口選手は手で顔を覆い、涙が止まりませんでした(月刊陸上競技による)。
なぜ記録が伸びなかったのか
「助走で止まってしまうことが多かった」
記録が伸びなかった理由について、北口選手は月刊陸上競技の取材に、2週間前の日本記録のときとの違いを具体的に語っています。
「アルティメットでは助走距離を下げて、自分の投げを完結するためのスペースを作りました。それが70%くらいできたからの日本記録。ただ、今日は助走で止まってしまうことが多かったです」
北口選手は、今季から新しいコーチのもとで助走やフォームを見直してきました。日本記録を出したアルティメット選手権では、その新しい投げが「70%くらい」できていたといいます。しかしアジア大会では、助走の途中で勢いが止まってしまう場面が多く、新しい投げを最後までやり切ることができませんでした。
では、なぜ助走で止まってしまったのでしょうか。北口選手は、それが疲労なのか、雨の影響なのか、悪いクセが出たのかは「まだ整理できていない」と話しています(月刊陸上競技による)。デイリースポーツによると、北口選手は「自分の感覚とずれている部分が今日はすごく多かった」とも振り返っています。現時点では、北口選手自身も原因をはっきりとは特定しておらず、この記事でも理由を1つに決めつけることは控えます。
試合中にやりを替えた
試合の途中、北口選手は使うやりを替えるという判断もしていました。月刊陸上競技によると、北口選手は、日本記録を出したときにも使ったネメト社製の新しいやりから、以前から使っていたやりに替えています。
スポニチアネックスによると、やりを替えて臨んだのが4投目で、ここで初めて60mを超えています。この判断をしたのは、北口選手を指導するヤン・ゼレズニー・コーチでした。理由は「今日の力では硬いものを使えない」というものです。やり投げのやりは、同じ規格の中でも、しなり方や硬さなどの特徴が製品によって違います。コーチは、この日の北口選手の力の出し方では、日本記録を出した新しいやりを使いこなすのは難しいと判断したことになります。
やりを替えたあと、北口選手は「そこから徐々に修正でき、やっと力感を入れて投げられるようになった」と話しています。一方で「やはり構えも作れなかった」とも語っており、最後まで本来の投げは取り戻せませんでした(月刊陸上競技による)。後半の3投で少しずつ記録が伸び、最後に62m70を投げられたのは、この修正の成果だったといえます。
2週間前は日本記録で世界一
世界陸上アルティメット選手権で68m92
北口選手が日本新記録を出したのは、アジア大会の約2週間前に行われた「世界陸上アルティメット選手権」です。世界陸連(WA)が新しく始めた大会で、2026年が第1回でした。大会の主な特徴は次のとおりです(英語版Wikipedia、世界陸連の公式サイトによる)。
- 開催:2026年9月11日〜13日、ハンガリー・ブダペストの国立陸上競技センター
- 出場できる選手:パリ五輪の金メダリスト、2025年東京世界選手権の優勝者、2026年ダイヤモンドリーグの優勝者、世界ランキング上位の選手など、世界のトップ選手に限られる(フィールド種目は各8人)
- 賞金:総額1000万ドル(約15億円)で、陸上競技の歴史上最高額とされる。個人種目の優勝賞金は15万ドル(約2300万円)、2位は7万5000ドル
- メダルはなし:メダルの代わりに、各種目の優勝者だけにトロフィーが贈られる
北口選手は、パリ五輪の金メダリストとしてこの大会に出場しました。9月12日に行われた女子やり投げで、北口選手は68m92の日本新記録を投げて優勝しました。それまでの日本記録(2023年の67m38)を3年ぶりに更新する一投でした。2位は厳子怡選手の68m05で、その差はわずか87cmでした(世界陸連、英語版Wikipediaによる)。
月刊陸上競技は、この優勝を、ライバルの厳選手との68mを超える激戦を制して、パリ五輪以来の「世界一」に舞い戻ったと伝えています。わずか2週間前に厳選手に勝っていたからこそ、北口選手はアジア大会にも「自分の中でも期待感があった」と話しています(月刊陸上競技による)。
ヨーロッパからの移動と疲労
アルティメット選手権のあと、北口選手はヨーロッパから日本に戻り、アジア大会に臨みました。月刊陸上競技によると、北口選手は「ヨーロッパから帰ってくることも含めて少し疲労はありましたが、アジア大会のプライオリティは高くして臨んでいました」と話しています。
世界のトップ選手が集まる大会で日本記録を出して優勝したあと、長距離の移動を経て、2週間後にまた大きな大会に臨む日程でした。北口選手は、アジア大会を今季の大事な大会と位置づけ、夏場には強化合宿で自分を追い込んで準備してきたといいます(月刊陸上競技による)。それだけに、思うような投げができなかった悔しさは大きかったようです。
2週間の間に何が変わったのかは、はっきりとはわかっていません。ただ、北口選手が「助走で止まってしまうことが多かった」と話していることから、日本記録のときにできていた新しい助走が、この日はうまく再現できなかったことがうかがえます。
試合後の涙のコメント
「勝負できなかったのが一番悔しい」
試合後、北口選手は涙を流しながら、次のように語りました(月刊陸上競技による)。
「自分の中でも期待感があっただけに悔しいですし、何より彼女に一人旅させてしまった、勝負できなかったのが一番悔しいです」
「一人旅」とは、ライバルの厳選手が1投目で70m46を投げたあと、誰もその記録に迫ることができず、厳選手だけが抜け出した状態のまま試合が終わったことを指しています。北口選手にとって悔しかったのは、負けたこと以上に、ライバルと競い合う試合にできなかったことでした。なお、デイリースポーツはこの部分を「感情を独り旅させてしまった」と伝えており、媒体によって聞き取りに違いがあります。
スポニチアネックスによると、北口選手は「全然勝負にならなくて凄く悔しい。銀メダルを獲れたが、悔しい気持ちの方が強い」とも話しています。一方で、ここまでの1年を振り返ると、言葉がつまり涙が浮かびました。「ケガで思うような結果を残せなくて不安がいっぱいでした。でも、こうして日本記録を出せてアルティメットという舞台を勝てて、『私もまだ世界と戦いたいという意思表示』ができたと思います」(月刊陸上競技による)。
北口選手は、昨年(2025年)は右ひじのけがで思うようなシーズンを送れず、東京で行われた世界選手権では予選落ちに終わっていました。けがから日本記録までの1年は「北口榛花の復活の1年|右ひじのけがで東京世界陸上は予選落ち、ゼレズニー・コーチとフォームを一から作り直すまで」で詳しく振り返っています。日刊スポーツによると、今年1月に7年間指導を受けたコーチとの契約を終え、2月から男子やり投げの世界記録保持者で五輪3連覇のヤン・ゼレズニー氏の指導を受け始めました(5月に正式にコーチに就任)。そこから投げ方を一から作り直してきました。その成果が、アルティメット選手権での日本記録と優勝でした。
厳子怡への「ゴンシー(恭喜)」、室伏広治さんからの言葉
悔しさの一方で、北口選手はライバルへの敬意も忘れませんでした。月刊陸上競技によると、北口選手は厳選手の存在について「彼女がいるから高みを目指そうという気持ちが自然と湧いてくる。アジアのやり投が強い時代の一員として幸せ」と語っています。
表彰式では、テレビで共演した卓球の石川佳純さんから教わった中国語「ゴンシー(恭喜=おめでとう)」で、厳選手を祝福しました。北口選手は「やっと使えました!」と笑顔を見せています。「ユニバーシアード(2019年ナポリ)以来の銀メダルなので、新鮮です」とも話しました。
表彰式の裏では、男子ハンマー投げの室伏広治さんとも話をしました。月刊陸上競技によると、室伏さんからは「良いライバルができたことはプラスだよ」と声をかけられたといいます。北口選手は「彼女とまったく同じ投げはできないですが、必ず良い投てき、良い選手にはヒントがある」と話し、厳選手の投てきの動画をじっくり見る様子もありました。
次のシーズンに向けて、北口選手は「コーチからも、日本記録を出してもまだ伸びしろがあると言ってもらえています」「今年の冬季練習からコーチのメソッドでできる。必ず70mを投げられるように次のシーズンに向けて切り替えていきます」と、前を向いています(月刊陸上競技による)。
まとめ
北口榛花選手のアジア大会女子やり投げについて、ポイントを整理します。
- 9月27日の女子やり投げ決勝で、北口選手は62m70で銀メダル。優勝は中国の18歳・厳子怡選手の70m46(大会新記録)で、武本紗栄選手が62m15で銅メダルを獲得した
- 北口選手は1・2投目が50m台、3投目がファウルと序盤から苦しみ、4投目で61m89、最終6投目に62m70を投げた。厳選手は1投目の70m46のあと2投目以降をパスした
- 本人は「助走で止まってしまうことが多かった」と話し、その原因が疲労、雨、クセのどれなのかは「まだ整理できていない」としている。試合中には、ゼレズニー・コーチの判断でやりを替えた
- 2週間前の世界陸上アルティメット選手権では、68m92の日本新記録で厳選手(68m05)に勝って優勝していた
- 試合後は「彼女に一人旅させてしまった、勝負できなかったのが一番悔しい」と涙を見せた一方、「必ず70mを投げられるように」と次のシーズンを見据えた
世界一に返り咲いた2週間後に味わった悔しい銀メダル。それでも北口選手は、ライバルの存在を力に変えて、70mという新たな目標に向かっています。来季の北口選手の投げに注目しましょう。
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- アジア大会の陸上がメダルラッシュ|三浦龍司が28年ぶりの金、飯澤千翔は40年ぶり、17歳の後藤大樹が銀 9月28日の結果まとめ
参考・出典
- 北口榛花「勝負できなかったのが一番悔しい」涙の銀メダル 苦難乗り越え「世界と戦う意思表示できた」/名古屋アジア大会|月陸Online
- やり投・武本紗栄が“逆転”銅メダル!最終投てき「自分を信じて」今季ベスト62m15マーク/名古屋アジア大会|月陸Online
- 北口榛花が完敗での銀メダルに涙…「彼女を一人旅させてしまった」(西スポWEB OTTO!)|Yahoo!ニュース
- 北口榛花が銀メダル、武本紗栄が銅メダルでダブル表彰台!(TBS NEWS DIG)|Yahoo!ニュース
- 【アジア大会】北口榛花 女子やり投げ銀「凄く悔しい」(スポニチアネックス)|Yahoo!ニュース
- 【アジア大会】北口榛花は涙の銀「全然勝負にならなくて悔しい」(スポニチアネックス)|Yahoo!ニュース
- 銀メダルの北口榛花「彼女を一人旅させてしまった。勝負ができなかったのが一番悔しい」(サンケイスポーツ)|Yahoo!ニュース
- 北口は悔しい銀メダル 最大のライバル厳子怡に敗れる(サンケイスポーツ)|Yahoo!ニュース
- 【陸上】「勝負できなかった」やり投げアルティメット選手権覇者の北口榛花が銀メダル獲得(日刊スポーツ)|Yahoo!ニュース
- 【陸上】北口榛花は銀メダルに涙 ライバルのビッグスローに悔しさ(東スポWEB)|Yahoo!ニュース
- 女子やり投げ・北口榛花 涙の銀メダル「感情を独り旅させてしまった」記録伸ばし切れず「自分の感覚とずれが」|デイリースポーツ online
- Kitaguchi peaks to perfection to win javelin on Budapest return|World Athletics
- Five things to know about the World Athletics Ultimate Championship|World Athletics
- 2026 World Athletics Ultimate Championship - Wikipedia
- 26年ブダペスト開催の「世界陸上アルティメット選手権」やり投・北口榛花が出場権獲得|月陸Online